創生・新しい日本

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経済的自由への憧憬

シンガポールで政府批判をした野党トップが逮捕されたという。
政府はミャンマー軍政との経済関係の深さを指弾されることに神経を尖らせているようだ。

改めて考えさせられるのは、開発独裁のモデルケースであるシンガポールの言論統制の凄まじさだ。
読売新聞では「国内での政府批判は絶対に許さない」と指摘されていたが、一方でチャンネルニュースアジア(CNA)などの国際報道機関も同国に拠を構える。

経済発展のために重要なのは、言論の自由ではなく単に経済的自由のみだということなのだろうか。

ちなみに、私はリー・クアンユーを尊敬している。
国家の発展過程においては、ある段階で開発独裁の政治体制が必要になる場合がある。
シンガポールは、その開発独裁で成功したモデルケースだ。

リー・クアンユーは、マレーシアから分離独立した小国シンガポールが生き残るためには経済発展が欠かせないことをよく理解していた。
しかも、面積も小さいから資源なり工業ベースで経済発展を実現することが難しいことも悟っていた。

結果として選んだのが、シンガポールを「世界のヒト・モノ・カネの集散するハブ」にするという戦略だった。
人流・物流では港湾整備と関税撤廃を組み合わせ、金融では徹底した自由化・規制緩和を導入。その結果、シンガポール航空やテマセク・ホールディングス(政府系投資機関)をはじめとする国際的な勝ち組企業を擁するに至った。

私は、今後の日本の歩むべき方向性をこの国に見出している。
国土が狭く、資源に頼った成長も望めない日本では、北東アジアのハブとしての徹底した人流・物流・金融の規制緩和が必要だ、というのが私の信念である。

「ものづくり日本」という幻想も、早く捨て去るべきだ。
技術は、その活用において発生するコストが一定以下になれば一気に労働力の安い国に流れ去っていく。
その前提に立って言えば、日本の製造業は常にリードタイム技術を持っていなければならないはずだ。
が、今や日本が確固たるそれを有している産業は非常に少ない。
それは、「ものづくり」のなかにおいて言えることである。

リードタイム技術を活かした経営で世界的に名高いあのインテルでさえ、30年それを維持するのに大変苦労している。
そのインテルより優れた経営機構なり技術的バックボーンなりを持っている日本企業が1社でも日本にあるだろうか。
要するに、日本の製造業は既に競争力の源泉をほぼ完全に失っているのだ。

それ以前に、製造業は第二次産業である。
産業発展は、第一次の農業・水産業等から第二次の製造業へ波及し、更に第三次のサービス業、情報産業へと波及していくものとされている。
今、先進国経済においてはこの第三次産業へのパラダイムシフトが起こっているというのが妥当な現状認識ではないだろうか。
にも関わらず、日本人はどこか第三次産業を小馬鹿にしているような風体がある。

その例のひとつが、少し前に流行った「虚業」論議である。
発展著しい情報産業、IT産業は全て「虚業」で、製造業こそが「実業」であるという主張がマスコミを通じて流布されたのは記憶に新しいところだ。
そもそも私は、この職業に貴賎をつけているかのような主張が気に入らないのだが、それ以前の問題として感情論で企業経済のあり方を議論する風潮に何より危機感を感じた。

ものづくりこそが実業で、サービス業は虚業だというのであれば商売人は本当に卑しい職業人ということになる。そして金貸しはもっと卑しい守銭奴ということになる。
こんな江戸時代の先祖も驚くような感情論を未だに得意顔でぶっている人間は、まずもってそのセンスを疑われなければならない。

例えば、電線を作っている業者は「実業」者で、NTTやKDDIは「虚業」者なのか。言うまでもなく、両者はいずれも「実業」であり、目に見えるニーズに対応した立派な商売として成立しているのだ。
虚業が本当に「虚業」なのであれば、それは実業との相互補完はしないことになるのだろうが、上の例えからも一般論からもそのようなことはあり得ない。

つまりは、我々は一刻も早く以上に述べたような妄想的思想から脱却し、第三次産業シフトの態勢を敷かねばならない、というのが私の考えである。
ものづくりは実業だ、などという気休めに現を抜かしていると、それこそ「兎と亀」の逸話の再現になりかねない。

こうして考えてみれば、言論の自由というものは真に国民が経済的な困窮におかれているときにこそ求められるものだと言えるかもしれない。
ある水準以上に経済的な余裕があれば、国民は政治への関心を失い、一方で愚民が幅を利かせる。
結果としてその国は経済をはじめとした長い迷走時代へと突入し、再び国民が困窮するまでリバイバルのチャンスは与えられない。

こうしたシナリオに説得力がないとは言えない。
今の日本の状況を見れば尚のこと、明らかである。
だから言論の自由を廃せよ、経済成長と公共の福祉こそを最優先せよ、とは言わない。
しかし、言論の自由は金持ちにはもったいない権利であるということも合わせて指摘しておかねばならない。

それがなくとも、あれだけ上手くいっているシンガポールという国もある。 (Y・K)


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